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2016.04.29

出会いと別れ

春は卒業や入学など、いろいろな別れと出会いの季節です。
水仙の家で仕事を始めてからも、たくさんの利用者の方と出会い、
別れがありました。

先日も施設に入所されることになったAさん。
水仙の家の最終ご利用日に
Aさんは、感極まって涙を流されながら
「ここ(水仙の家)でのことは本当に良い思い出です」
と嬉しい言葉をいただきました。

お世話されていた家族の方もそれなりに、お歳を重ねられ、将来のことを思い施設での
生活を希望されていたのですが、
私が思ったより早くその日が決まってしまったこともあり、
驚きと共に淋しい気持ちでした。

帰られるまでの時間、Aさんとお話ししていると
思うようにならないAさん自身の体の歯痒さ、そしてお世話をしてくださっている
家族のことを思い、入所を受け入れたと打ち明けてくださった。

立場が逆転しているかのように思える親子関係ですが、
“その想いは、いつまでも親としての思いやりなんだなぁ…”と
Aさんの強さを見た気がしました。

「お身体を大切になさってください」そんなことばしか返せませんでしたが
私はAさんの笑顔やお話を、しっかり思い出に刻みます。

hanamizuki.jpg

by あずき

2016.04.22

父の足跡

またしても実家から、なんだか困っている風な電話がかかってきました。
年金機構から委託されているという人が来て、書類に記入して欲しいと言われたが
「よく解らないから、子どもに聞いてから対応します」
と、お引き取り願ったとのこと。

詐欺めいた電話が心配で
「とにかく一度追い返せ!」
と、強く言い含めていた効果は抜群です。

その際に「わざわざ聞かなくてもいい。解らなければ解らないと書いて出して」
と言われたそうですが!?

母への聞き取りを続けました。
まず、書類は父宛に郵送されていた物で
『あなたのものと思われる年金記録があります』
と書かれていました。
ああ、これはアレですねー。ちゃんと国民年金機構発行の書類のようです。
ずいぶん昔に大騒ぎになった『消えた年金記録』事件のにおいがします。

訪ねて来た人は、ちゃんと国民年金機構から委託された会社の社員さんのようです。
が、しかし、解らなければ解らないままでいいとはどういうことか!?
なおかつ、その人は「多分年金の額が増えますよ」とも言っていたそうです。
父の姓はちょっと珍しい名前なので、その不明な記録はほぼ父の物に間違いない予感がします。そのままでは父の年金記録が統合されないのではないですか!?

とにかく、実家に行って、その書類とやらを検分することにしました。
思っていた通り、書類の主旨は「あなたのものと思われる記録」の当時、勤めていた会社の名称や場所を書いて送れといものでした。
心当たりがあるとすれば、私が高校生の頃、父は2回くらい転職しているので、その辺りの記録が抜けているのかな~と、ぼんやり考えていたのです。

が・・・

書類を見てビックリ!記載されていたのは 昭和22年!
父がまだ15歳の頃の記録でした。
ちょっとこれは昔すぎる・・・母と結婚する以前のことなので、母も知らないとのこと。
認知症が進みつつある父が、はたして覚えていてくれるのでしょうか?

「お父さん、15歳くらいの時に勤めていた会社の名前覚えてる?」
「覚えてるで。○○製作所や、木工の会社やで。最初に勤めた会社やからな」
昔の記憶はかなりハッキリしている様子。少し嬉しくなりました。

「ちなみにその会社、どこにありましたん?」
「どこやいうても・・・住所なんかわからへん。近鉄の××駅やったから・・・」
「OK!それで大体の場所わかりますわ~」
無事に書類記入も終わり、その日のうちに私がポストに投函しました。

昭和22年、終戦から2年後 に、15歳で父はもう働いていたのです。
大阪大空襲の時には父が住んでいた家も焼けてしまいました。焼け野原から立ち上がりつつある大阪で、父は新しい家を建てる仕事をしていたのでしょうか。
父の戦争体験は、子どもの頃に幾度となく聞かされていましたが、私の知らない父の足跡が、ひょんなことから垣間見えた気がして、胸が詰まる思いがしました。



私が15歳の頃には、のんびりと学校に通っていました。決して裕福とはいえなかったものの、衣食住の心配も無く楽しく暮らしてきて、今ここで、まだのほほんと生活できているのは、誰のおかげなんだ?と感謝したり、申し訳なく思ったり。

これからも実家に行く度に、両親の昔の話を、根掘り葉掘り聞き出してみようと思います。
何度も聞いた話も、まだ知らない話も、今この年齢になった自分には、子どもの頃とはまた違った思いで聞けるのではと思います。
父や母が、私たちの手を引いて歩いてくれた足跡の続きを、今度は私たちが手を貸しながら歩いていきますよ。

by Yuki

2016.04.16

お花見

今年も水仙の家の桜がきれいに咲きました。
お天気の良い日には2階のテラスに机を出し、お花見をしながらの昼食。
「きれいやな~」
「いい気持ちや」
皆さんの顔もほころんでいます。

桜の枝にスズメがとまりました。
枝や花で隠れその姿がはっきり見えず、
「あっ、うぐいすや!」とAさん。

そこで… うぐいすの鳴き真似が得意な私の出番!
皆さんの背後から口笛で
「ホーホケキョ」

体を乗り出し、
「うぐいすや!」と探そうとする人がいました。
調子に乗った私はうぐいすになりきろうと鳴きつづけ…、
すぐにばれちゃいました(^_^)


桜の時期を満喫していただくため、車に乗って近くの神社へも行きました。
皆さんにお誘いの声をかけると、
「私、行きたい!」

「行こうかな。やっぱりやめとくわ」
と外出するのが億劫になられている方もおられます。
「きれいだから、行きましょう」

神社に到着すると、見事な満開の桜に
「あ~来てよかった」
「今年も来られた」
「きれいやな~!」
桜に負けないくらい、笑顔満開の皆さん。

おととしのお花見のブログに登場されたCさんは、めでたく100歳になられました。

今年も、両手を広げ、桜と天を仰ぎながら、力強い声で
「世界一や~。ハッハッハッ」
と名言を残されました。

今年も桜は幸せを運んできてくれました。



by Nolilin

2016.04.08

会えた!!

3月、数年ぶりに田舎に帰った。
帰るときは何がしかの用事でいつもあわただしく時間だけが過ぎていく。
自分の時間があるようでないその中で、親友二人にだけは連絡をいれ、時間が取れれば少しでも会うようにしていた。

今回は何とか時間を作り会いたい友人がいた。
卒業してから30年会っていない友人に。
ただ、時間が取れるかどうかわからなかったので約束はしていなかった。

電話をかけてみると「現在使われておりません」というアナウンスが流れ、「えーっ」どうすればいいの?とあせったがどうしようもない。
年賀状の住所だけが頼りとなった。

この近くだろうとウロウロしてみるがわからない。
人に尋ね行ってみるが、やはりわからず、振り出しにもどるを繰り返す。
あきらめようと思ったちょうどそのとき、宅急便のお兄さんが目に留まった。
「この辺は広いし、ややこしいから」と途中の道まで教えてくれ、近くでもう一度聞いて下さいと言われた。しかし、人が通らない。
どうしようかとオロオロしているところにさきほどのお兄さんが、
「詳しい住所教えて」
「僕の車についてきて」
「この道を入って突き当りの左側がそうですよ」と案内してくれた。

ドキドキしながらその家の表札を確認し、顔を上げると車から降り玄関に向かう人が・・・声をかけるとまさにその人だった。

数分間の立ち話、とても幸せな時間だった。

迷子になっていなければ、会えなかった。迷子になったことにも意味があったんだ!!

そして、宅急便のお兄さん「ありがとう」荷物を送るときには、必ず使いますと思ってしまいました。

さぁ、今日は次男の入学式。何とか無事高校生になれたこの子には、どんな出会いがまっているのかな?親友と呼べる人と出会えるといいな。

私にも新しい出会いが待っているはず。
出会えてよかったと思えるようにしたいな。

クローバー

by Yuna

僕にはまだ祖父祖母がいる。
小さいころは
お世辞にも仲が良いとは言えない。いやむしろ嫌いだった。

特に祖母は、孫はきらいと言わんばかりの対応だった。
僕は物心ついたころから甘いものは嫌いだったが、まんじゅうやチョコレートなど食べさせた。
ミカンなどは、腐るから食べろと、日に10個以上食べさせられた。
断ると「どの口が言う」と頬をつねられた。

また、小学生のころ夜中に来て、僕の部屋の明かりを外からチェックし、
兄妹は電気が点いているのに、○○(ハーブ王子)は電気が消えていると、
通う小学校に来て担任に
「うちの孫は馬鹿ですか?」と聞きにきたりもした。

挙げればきりがないほど。

そんな祖母も認知症になり、施設に入ることになった。
面会に行くと、僕の存在だけが消えていた。私の孫は2人だけだと言う。
(祖父と祖母には2人の子ども(父と妹)がいるが、妹の方は子宝に恵まれなかった)
兄妹のことはしっかりと覚えている。
昔の面影は微塵もなく、口数はめっきりなくなり、ほぼニコニコと微笑んでいるだけとなった。

祖父からいろいろと福祉用具や介護プランについて相談されることがあった。
その時に、僕がミカンを川に捨てていたことや、料理がまずいと食べなかったことなど
聞かされた(ミカンのこと以外、記憶がないのである)。
また、祖母や祖父がオレオレ詐欺にあった話など聞かされた。
僕が、祖父や祖母と話したのは、中学生の時までさかのぼる。
僕が前の職場で働いていた時、○○だけど・・と電話があったそうだ。
(名前の漢字の読み方が違っていたのだが)

その人は約3週間毎日電話で話を聞いてくれたそうだ。
最後の日にお金に困っていると相談されたそうだ。
お金を振り込むとぱったり連絡が途絶え、
祖父が心配して、更に(勝手に)振り込もうとすると
“口座がない”とのことで、父に相談しにきて発覚。

祖父や祖母も父や妹にさんざん嫌味を言われたそうだ。
そんな事件があったことさえ、僕は知らなかった。

今となっては、想像でしか話すことはできないが、祖母の料理を毛嫌いし、
祖父の作ったミカンを川にどんどん捨て、素行などが不安になり
小学校担任に聞いたのかな?と思う。
川

そんな孫が社会人になり、困り果て頼ってきたと思ったら詐欺だった。

祖母じゃなくても、記憶から抹消したい存在だな・・と思った。

介護職に進んで、祖父や祖母と向き合えるようになり、会話も多くなった。
祖父も大阪まで遊びに来るようにもなった。

祖父は93歳だけど、すごく元気で、AKB48のコンサートに行ったりしている。
(祖父の農園にまゆゆが来て、応援よろしくと言われたそうだ)
一緒に行く時間はすごく恥ずかしいが、活き活きと踊って歌う祖父を見て
少しだけ報われた気がした。

祖父母


ハーブ王子



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