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2016.06.25

馴れ合い

水仙の家に来てから3年が経過しました。

先日、仲良くさせていただいている男性利用者Aさんから
僕に話があると伝えていただき、昼食後にじっくり
話す時間を作りました。

普段からも、僕には話を聞いて欲しい、担当者会議には出て欲しい。
時には、僕の歌を聞くと長生きするので歌って欲しい。
岡田准一にそっくり、などおっしゃってくださいます。

いろいろなことに興味をもつAさん。
スタッフがピアノを弾くとピアノを習いたい。
マジックショーをやると、教えて欲しい。やってみたい。
パソコンを教えて欲しい。
スケッチブックに字を書いて欲しい。
などなど…。
その都度、しばらくは対応するのですが、
ひとたび間隔があくと、そのまま疎かになってしまっていました。

どれも中途半端で終わってしまっているのです。

さらに、僕の動きが、より重度の利用者への介護や、Aさん以外の方との会話へと
流れていっても、“Aさんは大丈夫”と思い込んで接していました。

Aさんはそれらの不満が爆発し、打ち明けてくださったのでしょう。

Aさんは淋しいのだと思いました。

Aさんに僕は
「ごめんなさい。Aさんの想いを大切にしていませんでした。
Aさんが僕を信頼してくれているのに、甘えていましたね」
と少し涙ぐんで話していました。


時折、利用者さんから
「スタッフの誰それが話してくれない」
「楽しそうな話をあっちだけでしているね」
などと言われることがあります。

全員に平等に話しかける…、
本当に難しいなあとおもいます。

Aさんが今一番したいことは、Aさんご自身の想いを僕が聞き、
スケッチブックに代筆すること。
他の利用者さんが帰られてから、そのひと時を過ごしました。

「ありがとう」とAさんは満面の笑顔で、周りのスタッフにも
「書いてもらった」と見せて回られました。

声を出してくださったAさん。
本当にありがとうございました。
声を出せない方もいると思うので、
今後はもっと利用者さんと向き合っていきたいと思うできごとでした。

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by ハーブ王子

Aさんは数年前にご主人を亡くされてから
愛犬のタロウ(仮名)と2人(1人と1匹)暮らしです。
ヘルパーのご利用を始める時、
「犬がいるんだけど、いいかしら?」
と気を遣ってくださいました。
動物好きのヘルパーが伺うことになり、5年のお付き合いになります。

タロウは訪問のたびに
「ワン!ワン!ワン!」 と、尻尾を振ってお出迎えをしてくれます。
「じゃまになるから、こっちおいで!」
と、Aさんに促され、部屋に引っ込んでいきます。
それでも遊んでほしいのか、オモチャをくわえてきたり、
掃除機の前に寝そべってみたり、Aさんとヘルパーの間を行ったり来たりします。

Aさんは80代、タロウは16才の老犬です。

「この子の面倒を見るのが私の仕事。食事を作ったり、散歩にいったり
それはそれは毎日大変なのよ」と・・・


「でも、この子がいるから、私も元気でいなきゃねって思うの。
私が先に逝くと、この子困っちゃうでしょう」


Aさんはタロウがいることで、明るく活動的に過ごしておられるのです。

そんなタロウが半年前から体調を崩し、治療の甲斐もなく先日、他界しました。
Aさんは最愛の家族を亡くし、涙が枯れるまで泣かれたそうです。

「病気だもの、しょうがないわね。16年という長い間よく頑張ったわ。
今は天国で主人と走り廻っているでしょうね」

と、静かに微笑まれました。

タロウがどれだけAさんの心の支えになっていたか・・・
私はお仏壇に並ぶご主人と、タロウの写真に手を合わせ
『タロウ、ありがとうね。天国からAさんのこと見守っていてね』
と、心の中で語りかけました。

今、おひとりになられたAさんですが、心許せるご友人をお持ちです。
私たちヘルパーも、お力になれたらと思っています。
「ワン!ワン!ワン!」と元気なタロウの声はありませんが、
想い出話をたくさん、たくさん、しましょうね!

犬 訪問

by HOT♡Y

2016.06.10

笑顔

水仙の家で働き始めて4ケ月経ちました。
少しずつ慣れ始めてきているものの常に不安の日々。
その不安をほぐしてくれるのが、毎日元気に来所される利用者さんの笑顔、そして周りのスタッフです。

illust2239_thumb.gif


水仙の家での先輩、人生の先輩である利用者の皆さんには、私が知らない水仙でのできごと、
上新庄駅界隈の昔の街並みだけでなく、一人暮らしをしていて自炊をする私におススメの調味料等、いろいろなことを教えていただいています。
また、私の名前を覚えてくれている方、私の出身地(実家)や犬を飼っていること、叔母の近くに住んでいることを覚えてくれていて、「ゴールデンウイークは実家に帰りはったん?」と声をかけて下さる方、朝一番にお会いすると必ずハグをして下さる方もいらっしゃいます。

日々の中で悩みが絶えない私ですが、利用者さんを見ると「よし 今日も頑張ろう! 」と気合が入るのです。

そして水仙の家で働いてから生活に変化が出始めました。
それは常に誰かと会話をして笑顔で一日を過ごすこと。

まだまだ未熟な私ですが今後も笑顔で頑張っていきたいと思います。
引き続きよろしくお願いいたします。illust2024_thumb.gif


by ミルキー

私が初めてボランティアをしたのが、中学2年の時だった。
おまつり
毎週、休みになると地域の祭りや行事に参加した。金魚すくいや輪投げなど。高齢者や障がい者の方々と関わるようになったのもこの頃からだった。


大学になると、「尊敬する人は?」と聞かれると「マザー・テレサ」と答えていた。

飢えた人、裸の人、家のない人、体の不自由な人、病気の人、必要とされることのないすべての人、愛されていない人、誰からも世話されない人のために働くマザーの活動に憧れていた。

〈私が好きなマザーテレサの名言〉

人間のほほえみ、
人間のふれあいを忘れた人がいます。
これはとても大きな貧困です。

私たちは、大きいことはできません。
小さなことを
大きな愛をもって行なうだけです。

ライン

その後、保育園に就職。数年後には加配保育士として、発達障がいなどにより保育園での集団生活に配慮の必要な子どもを担当した。
最初は周りの子どもたちとなじめず、いつも1人で遊んでいたA君。
でも、根気よく毎日関わることにより、卒園の時は、みんなの人気者となっていた。
                                               保育園児

重度の知的障がいおよび肢体不自由が重複している人のための重度心身障がい者施設では、手足がなく人工呼吸器をつけている人、意思疎通の難しい人の介護をした。

最初は声をかけても反応のなかったBさんであったが、毎日声をかけ、スキンシップをとることにより、目を動かせるようになった。また、毎日関わることにより、脳派の変化が見られた。意思疎通ができない方でも人格はある。身体の緊張を解くことによりリラックスできることを知った。

その後、父と母の介護をした。日中は仕事場へ行き、夜は病院に寝泊まりをする毎日だった。病棟から脱走しようとする父を引き止めるため、いつも私は引きずられていた。氷が食べたいと言えば自動販売機に買いに行き、トイレ介助やオムツ交換など。介護の大変さをつくづく感じた。

人生、いろいろ考えさせられることが多い。

母からよく言われたもんである。
「あなたは優しいから、きっと人の気持ちがわかる人になれるね」

父は、休日でも、机の前に座って勉強するような人だった。その背中はいつも、とても大きく尊敬していた。

                                   病床

現在は、居宅介護支援事業所でケアマネジャーとして働いている。
まだまだ半人前である。

本人の気持ち、家族の気持ちに寄り添うにはどうしたらいいのか?と悩むこともある。

よりよい支援をするには・・・父のように沢山勉強することも必要であろう。母のように大きな優しい心を持つことも必要であろう。

今の私に何ができるのか。在宅で暮らしていくためにはどのような支援が必要なのか。  これまでの経験を無駄にしないように、これからも一歩一歩、歩んでいきたい。                    

そして、みなさんが笑顔でいられるように・・・。                          
                                自己

by 手品師ふーみん

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Author:水仙の家
職員が持ち回りで、その時に思ったこと感じたことを綴っていきます。
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