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2016.04.22

父の足跡

またしても実家から、なんだか困っている風な電話がかかってきました。
年金機構から委託されているという人が来て、書類に記入して欲しいと言われたが
「よく解らないから、子どもに聞いてから対応します」
と、お引き取り願ったとのこと。

詐欺めいた電話が心配で
「とにかく一度追い返せ!」
と、強く言い含めていた効果は抜群です。

その際に「わざわざ聞かなくてもいい。解らなければ解らないと書いて出して」
と言われたそうですが!?

母への聞き取りを続けました。
まず、書類は父宛に郵送されていた物で
『あなたのものと思われる年金記録があります』
と書かれていました。
ああ、これはアレですねー。ちゃんと国民年金機構発行の書類のようです。
ずいぶん昔に大騒ぎになった『消えた年金記録』事件のにおいがします。

訪ねて来た人は、ちゃんと国民年金機構から委託された会社の社員さんのようです。
が、しかし、解らなければ解らないままでいいとはどういうことか!?
なおかつ、その人は「多分年金の額が増えますよ」とも言っていたそうです。
父の姓はちょっと珍しい名前なので、その不明な記録はほぼ父の物に間違いない予感がします。そのままでは父の年金記録が統合されないのではないですか!?

とにかく、実家に行って、その書類とやらを検分することにしました。
思っていた通り、書類の主旨は「あなたのものと思われる記録」の当時、勤めていた会社の名称や場所を書いて送れといものでした。
心当たりがあるとすれば、私が高校生の頃、父は2回くらい転職しているので、その辺りの記録が抜けているのかな~と、ぼんやり考えていたのです。

が・・・

書類を見てビックリ!記載されていたのは 昭和22年!
父がまだ15歳の頃の記録でした。
ちょっとこれは昔すぎる・・・母と結婚する以前のことなので、母も知らないとのこと。
認知症が進みつつある父が、はたして覚えていてくれるのでしょうか?

「お父さん、15歳くらいの時に勤めていた会社の名前覚えてる?」
「覚えてるで。○○製作所や、木工の会社やで。最初に勤めた会社やからな」
昔の記憶はかなりハッキリしている様子。少し嬉しくなりました。

「ちなみにその会社、どこにありましたん?」
「どこやいうても・・・住所なんかわからへん。近鉄の××駅やったから・・・」
「OK!それで大体の場所わかりますわ~」
無事に書類記入も終わり、その日のうちに私がポストに投函しました。

昭和22年、終戦から2年後 に、15歳で父はもう働いていたのです。
大阪大空襲の時には父が住んでいた家も焼けてしまいました。焼け野原から立ち上がりつつある大阪で、父は新しい家を建てる仕事をしていたのでしょうか。
父の戦争体験は、子どもの頃に幾度となく聞かされていましたが、私の知らない父の足跡が、ひょんなことから垣間見えた気がして、胸が詰まる思いがしました。



私が15歳の頃には、のんびりと学校に通っていました。決して裕福とはいえなかったものの、衣食住の心配も無く楽しく暮らしてきて、今ここで、まだのほほんと生活できているのは、誰のおかげなんだ?と感謝したり、申し訳なく思ったり。

これからも実家に行く度に、両親の昔の話を、根掘り葉掘り聞き出してみようと思います。
何度も聞いた話も、まだ知らない話も、今この年齢になった自分には、子どもの頃とはまた違った思いで聞けるのではと思います。
父や母が、私たちの手を引いて歩いてくれた足跡の続きを、今度は私たちが手を貸しながら歩いていきますよ。

by Yuki

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