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私が初めてボランティアをしたのが、中学2年の時だった。
おまつり
毎週、休みになると地域の祭りや行事に参加した。金魚すくいや輪投げなど。高齢者や障がい者の方々と関わるようになったのもこの頃からだった。


大学になると、「尊敬する人は?」と聞かれると「マザー・テレサ」と答えていた。

飢えた人、裸の人、家のない人、体の不自由な人、病気の人、必要とされることのないすべての人、愛されていない人、誰からも世話されない人のために働くマザーの活動に憧れていた。

〈私が好きなマザーテレサの名言〉

人間のほほえみ、
人間のふれあいを忘れた人がいます。
これはとても大きな貧困です。

私たちは、大きいことはできません。
小さなことを
大きな愛をもって行なうだけです。

ライン

その後、保育園に就職。数年後には加配保育士として、発達障がいなどにより保育園での集団生活に配慮の必要な子どもを担当した。
最初は周りの子どもたちとなじめず、いつも1人で遊んでいたA君。
でも、根気よく毎日関わることにより、卒園の時は、みんなの人気者となっていた。
                                               保育園児

重度の知的障がいおよび肢体不自由が重複している人のための重度心身障がい者施設では、手足がなく人工呼吸器をつけている人、意思疎通の難しい人の介護をした。

最初は声をかけても反応のなかったBさんであったが、毎日声をかけ、スキンシップをとることにより、目を動かせるようになった。また、毎日関わることにより、脳派の変化が見られた。意思疎通ができない方でも人格はある。身体の緊張を解くことによりリラックスできることを知った。

その後、父と母の介護をした。日中は仕事場へ行き、夜は病院に寝泊まりをする毎日だった。病棟から脱走しようとする父を引き止めるため、いつも私は引きずられていた。氷が食べたいと言えば自動販売機に買いに行き、トイレ介助やオムツ交換など。介護の大変さをつくづく感じた。

人生、いろいろ考えさせられることが多い。

母からよく言われたもんである。
「あなたは優しいから、きっと人の気持ちがわかる人になれるね」

父は、休日でも、机の前に座って勉強するような人だった。その背中はいつも、とても大きく尊敬していた。

                                   病床

現在は、居宅介護支援事業所でケアマネジャーとして働いている。
まだまだ半人前である。

本人の気持ち、家族の気持ちに寄り添うにはどうしたらいいのか?と悩むこともある。

よりよい支援をするには・・・父のように沢山勉強することも必要であろう。母のように大きな優しい心を持つことも必要であろう。

今の私に何ができるのか。在宅で暮らしていくためにはどのような支援が必要なのか。  これまでの経験を無駄にしないように、これからも一歩一歩、歩んでいきたい。                    

そして、みなさんが笑顔でいられるように・・・。                          
                                自己

by 手品師ふーみん

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